とちぎ秋まつりは、神武祭典として開かれその後、商工会議所の祝典や大奉祝祭と姿を変え、昭和12年の市制施行祝賀をきっかけに現在の栃木市発展の祭りとして開催され、明治はじめから150年余り続く祭りです。 伝承会は祭り開催の支援と山車の維持、後世に繋ぐ伝承活動をしております。伝承会では会員の募集をしておりますので、皆様のご参加をお待ちしております。
とちぎの山車祭り伝承会
会長 澤井 康男
栃木市には江戸・明治にかけて製作された県・市指定有形民俗文化財である江戸型山車等が受け継がれ、歴史ある伝統的「祭り」が行われています。山車の保存、修理、山車の巡行にかかわる人手が不足している昨今、山車等の巡行を維持し、山車等の保存技術、お囃子等の伝統的な祭りの伝承を目的とし、「とちぎ秋まつり実行委員会」と連携しながら全国に輝くとちぎ秋まつりをめざします。
とちぎの山車祭り伝承会では、より多くの皆様にとちぎの山車まつりに触れていただき、後世に栃木市の伝統と文化を継承するべく、新規入会者を募集しております。ぜひこの機会に入会をご検討くださいますよう宜しくお願いいたします。
| 会員種別 |
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| 会員特典 |
【個人会員・法人会員】
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| 申込方法 | 別紙とちぎの山車まつり伝承会 入会申込書に必要事項をご記入いただき事務局までお申込みください。 ※ FAXまたは郵送可 |
| 事務局 | 〒328-0037 栃木県栃木市倭町14-1 一般社団法人 栃木市観光協会内 とちぎの山車祭り伝承会 事務局 TEL 0282-25-2356、FAX 0282-20-7373 |

特別会員行灯イメージ

特別会員行灯イメージ
栃木に山車が誕生したのは、明治7年(1874)県庁構内でおこなわれた神武祭典のときでした。倭町三丁目が東京日本橋の町内が所有する山王祭出御の静御前の山車を購入し、泉町が宇都宮から買い求めた諫鼓鶏の山車を賑やかに参加させたのが始まりです。
これを機に山車への関心が高まり、各町とも大工や人形師に山車を作らせる動きが活発となりました。
明治26年(1893)、栃木県最初の商業会議所開設認可に係る祝典では、万町一、二、三丁目が三国志の人形を東京日本橋本石町に住む人形師・三代目原舟月に、倭町二丁目は神武天皇の人形を乗せた山車を新調して参加しました。新旧6台が競演することとなり町をあげての喜びにひたりました。
更に明治39年(1906)の神明宮・招魂社祭典では、室町が桃太郎の山車で参加して今日のかたちが出来上がりました。又、大町の弁慶の山車や明治の初めに購入した倭町一丁目の獅子頭が祭りの華やかさに花を添えています。
とちぎの山車祭りの名目は、当初神武祭となっていました。その後、神明宮・招魂社祭典を主軸に、会議所の祝典、ご大典奉祝祭に巡行してきました。昭和12年(1937)の市制施行祝賀を境にしてからは、おおよそ5年毎に開かれることとなり、市発展のまつりへと姿がかわり、現在では隔年開催となりました。



江戸型山車は、上下可動式の三層構造となっています。最上部に人形、次に上段幕に囲まれた粋、そして一番下が見送り幕で囲まれた枠です。
これは山王祭などで将軍上覧の際、山車の高さよりも低い江戸城の城門をくぐるため、上下にスライドさせて山車の高さを調整する必要があったからです。
本来、江戸型山車は牛に曵かせる二輪の台車構造でしたが、現在ではその多くが人が曵く四輪の台車となっています。
また、江戸型山車の特徴である人形は、主に古事記や日本書紀に登場する神々や英雄、民俗信仰や伝説にちなんだもの、中国の英雄、豪傑を模したものなど、多彩な顔ぶれとなっています。